JR豊川駅東口から徒歩1分。駅前ロータリーの正面に、地上12階建ての複合ビル「フロンティストヨカワ」が11月15日、グランドオープンを迎える。ホテルとオフィス、宴会場を備えた、地元念願のビルだ。事業主体は名鉄都市開発で、地元企業が出資や入居で加わった。その企画と総合プロデュースを担い、各社の間を取り持ってきたのが、ハクヨプロデュースシステムを率いる笠原盛泰社長である。
ハクヨグループは1918年に木材業で創業し、今年で108年目を迎える。木材業の先行きが厳しくなる中で新事業に乗り出した笠原氏は、1989年にスペシャルティモール「アイレクステラス」を手がけたのを皮切りに、郊外型ショッピングセンターや市民病院跡地の複合施設などを企画してきた。93年設立のハクヨプロデュースシステムを中心にした実績は約81件に上る。愛知県内では29店舗のスポーツクラブも運営している。
豊川市は東三河の第二都市とされながら、海軍工廠(こうしょう)の建設で市の中心部に工業団地が生まれた経緯もあり、拠点が分散してまちの顔が見えにくい。駅東口は区画整理で商業地域に指定されたが、周辺にはマンションが並ぶだけで、商業機能は育たなかった。企業の本社も郊外に点在する。笠原氏の会社も駅から歩いて約15分の場所にあり、面接に訪れる学生が田舎道を歩く姿は、人材確保の面で気がかりだった。同じ悩みを抱える企業は他にもあるはずだ、というのが笠原氏の読みだった。市内にはシティホテルがなく、結婚式場の衰退で宴会場も失われていた。
計画地は、名鉄グループが駐車場として使っていた約700坪の土地である。笠原氏は2020年、ここにホテルとオフィスを備えた複合ビルを建てる構想を、持ち込み企画として名鉄に提案した。返ってきたのは事業性への疑問だった。オフィスは本当に集まるのか、ホテルに入居者はいるのか。名鉄グループ内での出店は難しいとも告げられた。事業の中核を担う名鉄にとって、慎重になるのは当然の反応だった。
一方、地元企業側には手応えがあった。計画を説明すると、オーエスジーの大沢伸朗社長は、先代を引き合いに「確かにそういうのがあると良いよね、オヤジが生きていたらきっと賛成したと思う」と応じた。他の地元企業からも、条件面の調整はあるものの協力的な反応が返ってきた。まちづくりへの思いと、駅前に拠点を持ちたいという地元企業の願いが、計画の土台になっていった。
難航したのはホテルの誘致である。全国の事業者に声をかけたが反応は鈍く、豊川の潜在力は低く見られていた。名鉄グループもホテル開発を断念した場所である。笠原氏がさまざまなネットワークを駆使する中、興味を示してくれたのがサンフロンティアホテルマネジメントだった。ただ、創業オーナーの堀口会長は当初、視察で豊川駅前を訪れた際、人通りのなさに「笠原さん、こんなところで成立するのか」と懐疑的な見方を示したという。それでも笠原氏は市内を案内し、まちへの思いを語った。その熱意は、「地方が元気になれば、日本が元気になる」をモットーに、地域創生を掲げる「たびのホテル」を展開する同社の考えと重なった。堀口会長も心を動かされ、ともに豊川を元気にしていこうと参画を決めた。
ようやくの思いでホテル事業者の承諾を取り付けたが、次に訪れるのが工事費の高騰であった。
※次回は10日付掲載予定。